「レトリックと詭弁 禁断の議論術講座」香西秀信 を読んで

 

 

 

レトリックと詭弁 禁断の議論術講座 (ちくま文庫 こ 37-1)

単行本『「論理戦」に勝つ技術ービジネス「護心術」のすすめー』を改題、文庫化したのが本著。

 この本は強弁や詭弁というものが議論の中でどのような役割を果たし人々を誘導、操作し得るものなのか修辞学によって解明しようと試みている。

 そしてこの本の面白い特徴は、実際の議論や弁論などが俎上に乗せられていることだろう。その対象は第一章に登場する夏目漱石「坊ちゃん」に登場する赤シャツを筆頭に、丸山眞男北山修村上春樹はてはジョージオーウェル動物農場』に登場するナポレオンなど多岐に渡る。その媒体も堅苦しい文体から小説、エッセイと幅広くそれだけで読み物として面白い。

 そしてそれらの分析を通じて筆者が一番に強調することが、「問い」の重要性である。「問い」は別に主体的に問いかけるばかりではなく、問いかけられることも含まれる。むしろ「護心術」としてレトリックを学ぶならば、問われた時の対処が重要になる。本書では、「問い」の問題に半分以上のページをあてている。

第一章 議論を制する「問いの技術」

第二章 なぜ「問い」は効果的なのか

第三章 相手を操る弁論術

第四章「論証」を極める

第五章 議論を有利にするテクニック

 この本で挙げられている「問い」のレトリックである「問いの閉鎖の原理」「論点のすり替え」「二者択一」「修辞疑問」などを用いられた議論は何かがおかしいと思いつつもそれを言語化して反論、抗弁することはなかなか難しい所である。特に沈黙が許されない口頭での議論では、根拠薄弱な反論をして墓穴を掘ることにもなりかねない。

そういった場合に備えて先述した実際の詭弁や強弁の例を分析し、議論術の構造や型といったものに熟知することは

自分を守るためにも必要である。

 

 

レトリックは薬にも毒にもなる

 

 ”禁断”の議論術講座という何か良からぬ人向けに書かれた本のような印象を与えかねない題名になってしまっているが、それは前の題名に欠けていた「レトリック(修辞学)は”護心術”ばかりに利用されるとは限らない」ということ強調しようとしたのだろう。

 実際この本の目的は、およそ議論巧者と呼ばれる思想家、政治家、哲学者、小説の登場人物などが駆使するレトリックや強弁、詭弁を筆者の分析を通してそのような相手に対等に渡り合えるだけの材料を読者に提供しようと試みるものである一方、仔細まで分析しつくすことで読者にその議論術を用いることのないようにする教訓を示そうとしている。

 なぜなら筆者があとがきで言うように「論法について解説した書物を出版」し「一般に公開される」とは「解説された論法を使える人を増やすのではなく、むしろそれをつかえなくしてしまうことに貢献することになるでしょう。」「ある論法を分析し、その説得力の出所を指摘することは、手品の種明かしをするようなものなので、その論法を反駁可能なものにしてしまうからです。」であるからだ。

 

レトリックと詭弁 禁断の議論術講座 (ちくま文庫 こ 37-1)

レトリックと詭弁 禁断の議論術講座 (ちくま文庫 こ 37-1)